韓国・ソウルの中心街、チョンノにあるポシンガク(普信閣)の鐘楼(しょうろう)では、毎年、大規模な除夜の鐘つきの催しが行われる。寒波注意報も発令される氷点下の厳しい寒さの中、31日夜から1日にかけ、普信閣周辺は多くの人でにぎわいを見せた。来場者のカウントダウンに合わせて普信閣の上には数字が映し出され、2026年の幕開けを祝った。
前出のイーデイリーは、「2026年を迎える今回の除夜の鐘イベントは『回復と祭り』の場となった」と伝えた。振り返ると、韓国は昨年の元日を、お祝いムードとは程遠い雰囲気の中で迎えた。2024年12月3日、当時の尹錫悦大統領が「非常戒厳」を宣言。これは、韓国憲法が定める戒厳令の一種で、戦時や事変などの非常事態の際、公共の秩序を維持するために大統領が発令するものだ。行政や司法の機能は軍が掌握し、言論・出版・結社の自由を制限することも認められる。1987年の民主化以降初めてとなる非常戒厳の宣言を受け、当時、武装した戒厳軍の兵士がガラスを割って国会議事堂に突入。軍事政権時代を連想させる事態に、国会前には多くの市民が集まり、戒厳に反対するシュプレヒコールを上げたほか、軍の車両を取り囲むなど騒然とした。だが、戒厳令は国会議員の過半数が解除を求めた場合、大統領はこれに応じなければならず、発令直後、国会で本会議が開かれ、出席議員の全員が解除に賛成。尹氏はわずか6時間で非常戒厳を解いた。しかし、影響は大きく、その後しばらく、韓国社会の混乱は続いた。
また、暮れも押し迫った2024年12月29日、南西部のムアン(務安)空港で、格安航空会社(LCC)済州航空の旅客機が着陸時に不具合を起こして胴体着陸し、滑走路の先にあった土手状のコンクリート構造物に衝突した。この事故で、乗員・乗客179人が死亡した。韓国で発生した旅客機事故としては最大の被害、また、韓国機の事故としては、1997年に229人が死亡した大韓航空グアム墜落事故以来の人命被害が発生した。
事故を受け、当時の韓国は追悼ムードに包まれ、企業や自治体は年末年始のイベントを自粛して哀悼の意を示した。普信閣の除夜の鐘突きは行われたものの、前後の公演は取りやめとなった。
静かな雰囲気の中で、新しい年の平穏、平和を願った2025年の元日と一変し、今年の普信閣での除夜の鐘つきの催しは多くの人で賑わい、希望の鐘の響きで満たされた。ソウル市のオ・セフン(呉世勲)市長は鐘を打つのに先立ち、「2025年の苦しく大変だった記憶は、鳴り響く鐘の音と共に、遠くに飛んでいってほしい」と語った。
非常戒厳を宣言した尹前大統領の罷免を受け、韓国では昨年6月に大統領選挙が行われ、革新系「共に民主党」の李在明氏が第21代大統領に就任した。李氏は年頭のあいさつで「国民の皆さんが気持ちを一つにしたおかげで、瓦解した国民の暮らしと民主主義が予想より速いスピードで回復した」と昨年を振り返った上で、今年は「韓国の飛躍元年にする」と表明した。
李氏は新年最初の公務として、歴代大統領や朝鮮戦争の戦死者らを追悼する国立墓地、ソウル顕忠院を参拝した。芳名録には「『共に生きる世界』大韓民国の大跳躍の元年を、大韓国民と共に開いていきます」と記し、決意を示した。
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