<W解説>韓国の詩人、ユン・ドンジュの詩作の自由を奪った治安維持法と、その再来とも指摘されるスパイ防止法
<W解説>韓国の詩人、ユン・ドンジュの詩作の自由を奪った治安維持法と、その再来とも指摘されるスパイ防止法
韓国の国民的詩人で、27歳の若さで生涯を閉じたユン・ドンジュ(尹東柱、1917~1945)の命日(2月16日)に合わせ、今月14日、尹が学んだ同志社大学(京都市)で追悼式が開かれる。尹は同大に在学中、治安維持法違反の疑いで逮捕され、その後、福岡刑務所で獄死した。尹から表現活動の自由を奪った治安維持法。高市早苗首相が制定に意欲を見せる「スパイ防止法」は「治安維持法」の再来と懸念する声が上がっている。

短い生涯で127篇の詩を残した尹東柱は、韓国では知らない人がいないほど有名な詩人だ。中華民国時代の満州・間島で生まれ、京城府(現・ソウル)のヨンヒ専門学校(現・延世大学)を卒業後、1942年3月に日本に渡り、立教大学文学部英文科専科に入学した。その後、同志社大学文学部英文科専科に編入した。

尹は同志社大在学中の1943年7月、ハングルで詩や日記を書きためていたことなどを理由に朝鮮の独立運動に関わった嫌疑をかけられ、治安維持法違反の容疑で逮捕された。その後、1944年2月、「日本国家が禁止する思想を宣伝・扇動した」として、京都地裁で懲役2年の実刑判決が言い渡された。尹は福岡刑務所に収監され、翌年の1945年2月、27歳の若さで獄死した。

尹の死後、1947年に韓国メディアのキョンヒャン(京郷)新聞に、尹が立教大在学中に創作した作品「たやすく書かれた詩」が紹介され、これを機に、尹の名は広く知られるようになった。また、翌1848年には詩や散文を集めた「空と風と星と詩」が刊行され、民族詩人、抵抗詩人などとして認知度が高まった。

尹の作品は韓国の民族主義教育にも取り入れられた。かつて、ある文学評論家が韓国の20代の若者を対象にアンケート調査を行い、韓国の詩人の中で好きな3人を挙げるよう求めたところ、3人に1人が尹の名を挙げた。また、尹の作品は日本語や英語、中国語、ドイツ語、フランス語などにも翻訳されている。

尹が学んだ同志社大の今出川キャンパスには詩碑があり、卒業生らでつくる「尹東柱を偲(しの)ぶ会」と「同志社コリア同窓会」は毎年、尹の命日(2月16日)に合わせ、追悼式を行っている。今年も今月14日に詩碑の前で実施する。

尹が逮捕される根拠となった治安維持法は、社会の秩序や安全が保たれている状態を維持するためと称し、社会主義など反国家政治運動を取り締まることを目的に1925年に制定された。国体(天皇が統治する当時の国家のあり様を指す概念)の変革や、私有財産制の否定を目的とした結社とその運動を禁止することを可能とした。また、同法のもとで、特高警察(戦前の日本で、反体制派を取り締まるために設置された秘密警察)は弾圧の対象を無制限に広げ、自由な言論も徹底的に弾圧した。尹も治安維持法の下に、詩を書く自由を奪われた。

思想統制や監視で人々を弾圧した同法の再来と懸念の声もあるのが、高市政権が制定を目指す「スパイ防止法」だ。法案には、対外情報機関の創設や、第三国による日本国内でのロビー活動の透明化、機密を取り扱える人物を認定する「適正評価」の対象拡大などを盛り込むことが検討されている。しかし、警察当局などによる市民への監視の網が広がることなどが懸念されている。

高市首相は昨年11月の党首討論で「速やかに法案を制定する」と表明。自民党と日本維新の会は昨年の連立政権合意の際、関連法の「速やかな成立」を明記した。自民党は1985年に議員立法でスパイ防止法案を国会に提出したことがあるが、言論・報道活動も処罰され得ると当時批判を浴び、廃案になった経緯がある。

週刊誌「週刊金曜日」は、昨年の12月12日(1549)号で尹について特集した。特集では、尹が逮捕される根拠となった治安維持法とスパイ防止法との関連などについても取り上げた。

若き青年、尹東柱の詩を書く自由も奪った治安維持法。高市政権が制定を目指すスパイ防止法も、表現の自由を脅かしかねない危険性をはらむものだとすれば、今後、大いに議論を尽くさなければならない。
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