<W解説>長生炭鉱で発見の遺骨、DNA鑑定へ=84年の時を経て、大きく進展
<W解説>長生炭鉱で発見の遺骨、DNA鑑定へ=84年の時を経て、大きく進展
太平洋戦争中の水没事故で、朝鮮半島出身者を含む183人が犠牲となった山口県宇部市の長生(ちょうせい)炭鉱で、犠牲者とみられる遺骨が見つかったことをめぐり、日韓両政府は今月18日、両政府が協力してDNA型鑑定を実施することで一致したと発表した。遺族への遺骨の返還につながる可能性が出てきた。遺骨の収集と返還を目指し活動する市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(刻む会)」は鑑定が速やかに進むことへの期待を示した。

長生炭鉱は宇部市の東部、瀬戸内海に面した床波海岸にあった海底炭鉱で、1914年(大正3年)に開鉱。最盛期には炭鉱内外で約1000人が働いていた。多くの石炭産出が求められていた太平洋戦争中の1942年2月、本抗口から約1キロメートルの坑道内で異常出水し、坑内で働いていた183人が犠牲になった。同炭鉱の労働者は朝鮮半島出身者が多く、「朝鮮炭鉱」とも呼ばれた。犠牲者のうち7割に及ぶ136人は朝鮮半島出身労働者だ。事故後、遺体が捜索されないままに抗口が閉じられ、犠牲者は海底に取り残された。

当時の報道はわずかで、長く事故について取り上げられることはなかったが、1991年、史実を正しく刻もうと、地元に市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(刻む会)」が発足した。団体名に含まれる「水非常」とは、1942年に起きたような炭鉱での水没事故のことをいう。

同会はこれまで、追悼碑を建立したほか、同炭鉱の跡として残る排気・排水用の構造物「ピーヤ」の保存、事故を知る人の証言や資料の収集などの活動を行ってきた。また、毎年、事故の日に合わせ、韓国から犠牲者の遺族を招いて、追悼集会を行っている。さらに、事故の犠牲者の遺骨を見つけ、収容して遺族に返還しようと、クラウドファンディングで資金を集め、2024年からプロのダイバーによる独自の潜水調査を実施。昨年8月、内部で頭蓋骨と骨3本を、今年2月にはさらに遺骨1点を発見・収容した。

同会が犠牲者の身元特定につながるDNA型鑑定の早期実施を求める中、今年1月に行われた日韓首脳会談で、高市早苗首相と韓国のイ・ジェミョン(李在明)大統領は、DNA型鑑定に向けて日韓が協力を進めることを確認した。その後、外交当局間の実務協議で具体的な手続きや方法などについて調整が進められ、日韓両政府は今月18日、鑑定に着手する方針を発表した。木原稔官房長官は同日、「DNA型鑑定を実施する具体的なタイミングは、日韓双方にとって都合の良いタイミングで実施されることになる」と述べた。韓国外交部(部は省に相当)は「DNA型鑑定や身元確認が迅速に行われるよう、日本側と引き続き協力していく方針だ」とした。

翌19日、韓国南東部のアンドン(安東)市では日韓首脳会談が行われ、李大統領は会談後の共同記者発表で遺骨のDNA鑑定が始まることに言及。「両国が過去の歴史問題で人道主義的なものから協力していく、小さいながらも意味のある第一歩になる」と評価した。

鑑定は日韓がそれぞれ実施し、結果を共有する。日本側の鑑定は警察が行い、昨年8月と今年2月に収容された遺骨を鑑定し、遺族との照合を進めるという。韓国側の手順は明らかにされていない。

23日には宇部市で刻む会の総会が開かれた。日韓両政府がDNA鑑定で協力することで一致したことが取り上げられ、井上洋子代表理事は「待ちに待った鑑定が始まる。身元が判明することを祈っている」と述べた。

一方、坑道にはまだ多くの遺骨が残ることが確認されている。残る遺骨の捜索については、坑道への潜水調査の安全性が課題となっており、日本政府は一貫して慎重姿勢を取っている。上野賢一郎厚労相は19日の閣議の記者会見で、政府による海中の炭鉱や周辺の調査について、「現時点で政府が直接行うことは考えていない」と述べた。
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