<W解説>韓国・梨泰院事故の特別法案に難色を示す与党=尹大統領は拒否権を行使するか?
<W解説>韓国・梨泰院事故の特別法案に難色を示す与党=尹大統領は拒否権を行使するか?
一昨年10月に韓国・ソウルの繁華街、イテウォン(梨泰院)で起きた雑踏事故の真相究明に向けた特別調査委員会の設置を骨子とする「梨泰院惨事特別法案」が今月9日、韓国国会の本会議で可決した。しかし、与党「国民の力」は、特別調査委員会の設置は、野党が政府と与党を批判するためのものだとして議決に参加せず、ユン・ソギョル(尹錫悦)大統領に拒否権の行使を建議した。事故の被害者遺族たちは、事故の真実を知りたいとして特別調査委員会の設置を骨子とする同法の早期公布を求めて20日、ソウル市内で集会を開いた。尹大統領の対応が注目される。

事故は一昨年10月29日、ハロウィーンを前にした週末に、人々でごった返す梨泰院の通りで起き、日本人2人を含む159人が死亡した。犠牲者は10代、20代の若者が多かった。

この事故では警備体制の甘さや警察や消防の対応の不備が指摘された。新型コロナウイルスの流行に伴う行動制限がない中で迎えたハロウィーンということで、多くの人出が予想されていたが、警備に動員された警察官らの人数は少数だった。また、事故発生の数時間前から「人が多すぎて圧死しそうだ」などといった通報が警察や消防などに多数寄せられていたが、適切な対応を取らなかったことが事故を招いたとの批判が噴出した。

事故を受けて、韓国の警察庁は約500人で構成する特別捜査本部を発足させ、捜査を進めた。昨年2月、捜査結果を発表し、管轄の自治体や警察、消防など、法令上、安全予防や対応の義務がある機関が事前の安全対策を怠るなど、事故の予防対策を取らなかったために起きた「人災」と結論付けた。

捜査の結果、安全対策や通報への対応が不十分だったなどとして、業務上過失致死傷などの容疑で現地の警察署長ら6人が逮捕、17人が書類送検された。一方、行政安全部(部は省に相当)の長官やソウル市長、警察トップの警察庁長らは人出の危険性に対する具体的な注意義務があったわけではなかったとして、「嫌疑なし」とされた。現在、地元警察署長や区長らの公判が続いている。また、今月19日にはソウル警察庁のキム・グァンホ(金光浩)庁長が業務上過失致死傷の罪で在宅起訴された。ハロウィーンイベントの開催で人混みによる雑踏事故の危険性を予見できたにも関わらず、金氏は適切に警察官らを配置せず、指揮・監督など必要な措置も怠り、被害を拡大させたと指摘されている。金氏は昨年1月に書類送検されていた。

一方、遺族は事故の真相究明を求め、野党とともに特別法の制定を目指してきた。「梨泰院惨事特別法案」は、事故の真相究明に向けた特別調査委員会の設置が盛り込まれている。委員会は与野党の議員それぞれ4人と、国会議長が遺族会などと協議して推薦した3人の計11人で構成するとしている。活動期間は最大1年6か月で、検察に対し、家宅捜索の令状請求を要求する権限などが与えられると定めている。

しかし、与党「国民の力」は特別法について、特別委の委員11人のうち7人を野党と国会議長が推薦するとした点などを問題視。制定に向け、ここまで野党単独で進めてきたことにも反発した。19日の国会で採決が行われたが、「国民の力」の議員は退場し、採決に参加しなかった。だが、韓国国会は現在、野党が多数議席を占めており、法案は最大野党「共に民主党」をはじめとする野党議員全員の賛成により可決した。

「国民の力」は「法案を野党が一方的に可決させた」として、尹大統領に再議要求件(拒否権)の行使を建議した。大統領が拒否権を行使した場合、国会で再議することになるが、再び可決されるためには「在籍議員の過半数の出席と出席議員の3分の2以上の賛成」が必要となる。「国民の力」は国会の定数の3分の1以上の111議席を占めていることから、大統領が拒否権を行使すれば法案の可決は見込めない。

遺族たちは「国民の力」の拒否権行使の建議を批判。韓国紙のハンギョレによると、遺族協議会運営委員長は「これまで全身全霊で政府に訴え、子どもたちの無念を晴らしてほしいと懇願してきた。それなのに与党である『国民の力』は私たちに再び背を向けた」と憤りをあらわにした。遺族協議会などは声明を発表。特別法は事故の真実を明らかにするだけでなく、安全な社会をつくるための法律だとして、尹大統領に拒否権を行使せず、法案を早期に公布するよう訴えた。

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