非常戒厳は韓国憲法が定める戒厳令の一種。戦時や事変などの非常事態で、軍事上、必要となる場合や公共の秩序を維持するために大統領が発令するものだ。戒厳令の発出は1987年の民主化以降初めてのことだった。
宣言を受け、武装した戒厳軍の兵士がガラスを割って国会議事堂に突入。軍事政権時代を連想させる事態に、国会前には多くの市民が集まり、戒厳に反対するシュプレヒコールを上げたほか、軍の車両を取り囲むなど騒然とした。
だが、戒厳令は国会議員の過半数が解除を求めた場合、大統領はこれに応じなければならず、発令直後、国会で本会議が開かれ、出席議員の全員が解除に賛成。尹氏はわずか6時間で非常戒厳を解いた。
しかし、非常戒厳の宣言による政治的、社会的混乱は大きく、当時野党だった「共に民主党」などは尹氏に内乱の疑いがあるとして告発した。韓国の刑法87条は、国家権力を排除したり、国憲を乱したりする目的で暴動を起こした場合は内乱罪で処罰すると規定する。最高刑は死刑。
独立捜査機関「高位公職者犯罪捜査庁(公捜庁)」と警察の合同捜査本部は今年1月、尹氏を内乱首謀容疑で逮捕、その後、起訴した。しかし、尹氏の弁護団は尹氏の勾留をめぐり「検察が起訴した時点で既に勾留期限が過ぎていた」などと主張。拘束は不当だとして取り消しを求め、裁判所がこれを認めたため、3月に釈放された。
在宅のまま公判に臨んできた尹氏だったが、政府から独立して捜査する特別検察官は先月10日、特殊公務執行妨害などの疑いで尹氏を再逮捕した。尹氏は「政治的な目的に基づく誤った捜査だ」と容疑を否認した。
尹氏は再び身柄を拘束され、現在、ソウル拘置所に収容されている。ソウル中央地裁で公判が続いているが、尹氏は健康上の問題を理由に出席が難しいとして、このところ、公判を欠席し続けている。このことについて、特別検察官側は、尹氏が逮捕前に開かれた9回の公判に出廷した際は健康上の問題について主張していなかったと指摘し、欠席理由が本当に健康上の問題によるものなのかを疑問視した。特別検察官は、尹氏の妻のキム・ゴンヒ(金建希)氏についても複数の疑惑の捜査を進めており、その過程でも、尹氏に対し、出頭を要請。しかし、尹氏はこれにも応じず、特別検察官は先月30日、裁判所に対し、出頭要請に応じない被疑者の身柄を短期的に確保する拘束令状を請求。ソウル中央地裁は翌31日、尹氏の拘束令状を発布した。通信社の聯合ニュースは「特別検察官チームは、ソウル拘置所に収監されている尹氏を強制連行することを検討している模様だ」と伝えた。
こうした中、尹氏の「非常戒厳」宣言により、市民が精神的苦痛を受けたとして、尹氏に補償を求める集団訴訟が相次いでいる。先月25日、ソウル中央地裁は原告の市民104人による訴えを認め、尹氏に対し、1人当たり10万ウォン(約1万円)の賠償を命じる判決を言い渡した。地裁は「原告らが恐怖と不安、挫折感、羞恥心を伴う苦痛を受けたことが明確だ」とした。一方、尹氏側は判決を不服として控訴した。また、賠償金の仮執行を防ぐため、強制執行停止の申請も行った。
同様の集団訴訟が相次いでおり、公共放送KBSによると、市民団体「改革国民運動本部」などは来週、1人当たり20万ウォンの慰謝料を求め、ソウル中央地裁に提訴する予定という。南部のプサン(釜山)やウルサン(蔚山)、キョンンサンナムド(慶尚南道)などでも1人当たり1万ウォンの慰謝料を求める訴訟に、2700人以上が加わる意向を示しているという。
その上でKBSは「(尹氏)本人名義の預金資産はおよそ6億9000万ウォンとされており、前大統領が全ての訴訟で敗訴した場合、実質的な賠償が難しいとの見方も出ている」と伝えた。
韓国では、パク・クネ(朴槿恵)元大統領と友人の実業家の間で起こった政治スキャンダルを受け、2017年、朴氏に対し、精神的被害の賠償を求める訴訟が起こったことがあるが、これは棄却されている。
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