<W解説>石破首相、退任前の最後の外遊で韓国・李大統領と確認したこと
<W解説>石破首相、退任前の最後の外遊で韓国・李大統領と確認したこと
石破茂首相が先月30日、韓国南部のプサン(釜山)を訪れ、イ・ジェミョン(李在明)大統領と会談した。首脳同士の相互訪問「シャトル外交」を継続することを確認したほか、日韓共通の社会問題について協議を続けていくことなどで一致した。

今回の石破氏の訪韓は、ことし8月、李氏が大統領就任後、初めて訪日して石破氏と会談した際、次は韓国の地方都市で会うことを約束していたことから実現した。日本の首相が2か国会談のために韓国の地方都市を訪れるのは2004年以来、21年ぶり。両首脳は8月の会談で地方創生など社会問題に関する当局間協議の立ち上げで合意しており、石破氏が地方創生を掲げてきたことも踏まえ、会談場所に釜山が選ばれた。釜山は韓国第2の都市だが、人口が急減している。こうした中、李氏はソウル一極集中を解消し、均衡発展を図ろうとしている。韓国紙の中央日報によると、プギョン(釜慶)大学政治外交学科のチャ・ジェグォン教授は同紙の取材に「海洋水産部(部は省に相当)移転が進められている状況で、(8月の会談で)均衡発展に言及し、釜山を会談場所に決めたのは、李大統領のメッセージが込められたもの。今回の会談は、釜山だけでなく、東南圏(釜山市と周辺のウルサン市、キョンサンナムド地域)全体が政策的に注目される契機になるかもしれない」と話した。

首相退陣を表明した石破氏にとって、今回の訪韓は首相として最後の外国訪問となる見通し。毎日新聞は「首相を退任する直前の外国訪問に日本国内では『卒業旅行』との冷ややかな声も出るが、韓国側では釜山の市民も含め歓迎ムードだった」と伝えた。

石破氏は会談に先立ち、2001年に東京のJR新大久保駅で、ホームから転落した人を助けようとして亡くなった韓国人留学生、イ・スヒョン(李秀賢)さん(当時26)の墓地を訪れた。日本の現職首相が李さんの墓地を訪れたのは初めて。李さんは生前、日韓両国の架け橋になりたいと話していたことから、両親が基金を設立。李さんの母親のシン・ユンチャンさんは、日本で学ぶアジアの留学生を支援する「LSHアジア奨学会」を運営している。これまで支援した留学生は1000人を超えるという。李さんの墓地を訪れた石破氏は墓前に献花。シンさんの活動に謝意を伝えた。

石破氏はその後に行われた首脳会談でも、冒頭、墓参に触れ、「人のために自分の命を投げ出した李秀賢さんの高い志と豊かな人間愛に改めて敬意を表する」と述べた。会談は約70分行われ、地方創生や少子高齢化など、日韓共通の課題について意見交換した。首相は「今日で総理就任から365日目だ」と述べ、「外交の締めくくりを李大統領との会談で終えることができ、意義深さを感じている」と語った。李氏は「世の中が難しくなるほど、近隣同士の交流は重要だ。行き来しながらともに発展させたい」と述べた。李氏は6月の就任から4か月弱で3回、石破氏と会談した。産経新聞は「野党党首時代に反日的な言動が目立った李氏が『シャトル外交』の定着を急ぐ背景には、対米関税交渉など課題が山積する中で日韓関係の安定は欠かせないとの判断がある」と解説した。

「シャトル外交」について石破氏は「(日韓は)これだけ極めて近い位置にあるので、日帰りも十分に可能だ。毎回、毎回、シャトル外交の成果が出るようなことを、これから私どもも努力して参りたい」と述べた。李氏も「シャトル外交を定着させ、両国が時と場所を選ばず行き来しながら、共に発展できればうれしい」と応じた。

両首脳は、両国共通の課題である人口減少や地方活性化、人工知能(AI)や水素エネルギーなどの先端技術に関する協力拡大などについて意見を交わしたほか、朝鮮半島情勢についても議論した。

両政府は会談後、社会問題の解決に向け、日韓当局間協議の継続実施を明記した共同文書を発表した。

石破氏はこの日、就任から1年を迎えた。釜山で記者団の取材に応じ、「誠心誠意、全力を尽くしてきた」と振り返った上で、「評価は次の時代の方々がされるものだと思っている。ここで自慢、羅列するつもりはない」と述べた。日韓関係においては、良好な関係が続いており、韓国は、新首相の下でもこの関係が維持されるのか注目している。

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