尹前大統領が昨年12月に宣言した「非常戒厳」は、韓国憲法が定める戒厳令の一種で、戦時や事変などの非常事態で、軍事上、必要となる場合や公共の秩序を維持するために大統領が発令するものだ。行政や司法の機能は軍が掌握し、言論・出版・結社の自由を制限することも認められる。
1987年の民主化以降初めてとなる「非常戒厳」の宣言を受け、当時、武装した戒厳軍の兵士がガラスを割って国会議事堂に突入。軍事政権時代を連想させる事態に、国会前には多くの市民が集まり、戒厳に反対するシュプレヒコールを上げたほか、軍の車両を取り囲むなど騒然とした。
尹氏はわずか6時間で非常戒厳を解いたが、宣言による政治的、社会的混乱は大きく、当時野党だった「共に民主党」などは尹氏に内乱の疑いがあるとして告発した。尹氏は内乱首謀罪で逮捕・起訴され、現在、公判中だ。また、憲法裁判所は今年4月、憲法で定める国家の危機的状況ではないのに戒厳を宣言したことは重大な法律違反だとして、尹氏を罷免した。
これに伴い、韓国では6月、大統領選挙が行われた。「共に民主党」の李在明前代表が当選し、「国民の力」は野党に転落した。李氏は選挙運動期間中、「非常戒厳」を宣言した尹前大統領を擁護した「国民の力」を「内乱勢力」と位置づけ、「憲法秩序を崩壊しようとした内乱勢力を審判する選挙だ」と強調。「国民に銃口を向ける軍事クーデターが繰り返されない国をつくる」と訴えた。
尹氏が弾劾されて以降、進歩系と保守系の分断は一層進み、大統領に就任した李氏は、対立を乗り越え、国民統合を目指す考えを示した。
大統領選を機に与党となった「共に民主党」は先月、新代表にチョン・チョンレ氏を選出した。チョン氏は尹氏の弾劾を主導した人物。選出後の演説では、尹氏による「非常戒厳」に関与した「内乱勢力」を「徹底的に断罪しなければならない」と述べ、「国民の力」との対決姿勢を示した。一方、「国民の力」も先月、新代表を選出。尹氏の弾劾に反対したチャン・ドンヒョク氏が就任した。チャン氏は「全ての右派市民と連帯して李在明政権を引きずり下ろす」と語り、政権打倒に意欲を示した。
与野党の激しい対立が続く中、李大統領は今月8日、チョン氏とチャン氏を大統領室に招き、昼食会を兼ねて会合を開いた。李氏は「与党だけでなく、野党の意見も聞かなければならない。国政に全ての国民の声が公平に反映されるよう努力する」と強調。「与野党が過剰に対立し、国民が懸念する状況になることは望ましくない」とした。その上で、「与野党が互いに容認できる部分を見つけ出し、共通の公約は果敢に共同で実行することも良い方法だ」と提案した。会合では、3人が笑顔で握手をする場面も見られ、公共放送KBSは「尹前大統領の弾劾をめぐり対立してきた与野党が統合に向け歩み寄る意思を示した形となった」と伝えた。
だが、「共に民主党」のチョン氏は翌9日、国会本会議で演説し、「国民の力」に対し、尹前大統領の「非常戒厳」宣言と関連し、内乱勢力との断絶と真の謝罪を要求。「謝罪なしには協力はない」との立場を改めて示した。通信社の聯合ニュースは「8日に開催された李在明大統領と与野党の代表との会合では、李大統領が『より多く(議席)を持つ与党が譲歩しなければならない』として与野党の協力を促したが、チョン氏は『国民の力』に攻勢をかける姿勢を維持した」と伝えた。聯合によると、チョン氏はこの日の演説で与野党の協力には一度も触れなかったという。一方、「国民の力」はチョン氏が同党を「内乱党」と表現し、党の解散審判に言及したことに、強く反発した。
与野党の対立は依然、激しく、李氏が目指す、真の国民主権政府の実現には、いばらの道が続きそうだ。
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