マレーシアとシンガポールはジョホール海峡で隔てられていますが、鉄道や道路はジョホール・シンガポール・コーズウェイ(通称コーズウェイ)という陸橋で繋がっています。1919年から4年間をかけ完成し、総距離は1056mにもなります。

列車だとあっという間に陸橋を渡ってしまいます。車は1日6万台ほどが通過していますが、夕方は渋滞になります。昔は徒歩でも行き来できたのですが、現在は徒歩での横断は禁止されています。

橋にはマレーシアから供給される水のパイプが通っています。シンガポールの水の多くは、隣国のマレーシアから供給されています。残りは人工貯水池や下水を処理した再生水(ニューウォーター)で確保しています。






シンガポールとマレーシアは、経済的に結びつきが強い間柄ですが、政治面ではそれほど仲はよくありません。水の供給問題や、港湾問題など、ことある毎に対立しています。

1963年9月にマレーシアが建国された時に、その中の1州としてシンガポールは共にイギリスから独立しました。シンガポールはマレー半島の他の地域と少し異なり、マレーシアの多数派民族がマレー人(人口の67%、中国系は25%)であるのに対してシンガポールの多数派民族が中国系(人口の74%、マレー人は13%)と、基本的な民族構成が異なっています。

これは、シンガポールが昔から貿易の要港として栄えてきた歴史があるからです。このため、マレーシア建国直後から、シンガポールの位置付けをどうするかを巡り、マレー人優位のマレーシア中央政府と華人優位のシンガポール州政府との間で、経済的、政治的対立が発生し、それがすぐさまマレー人対華人という民族対立へと転化してしまいました。

そのため、当時のマレーシア・ラーマン首相は、シンガポールがある限りマレーシア政治社会は安定性が確保できないと決断し、わずか2年後の1965年8月にシンガポールはマレーシアから追放され、独立国家となりました。

今日でもマレーシアでは、「ブミプトラ(“土地の子”という意味)政策」といって、マレー人を教育、就職、経済、政治活動のすべての面で優遇する政策を採られています。(これは、中国系とマレー 系の人々の間の経済格差を縮めることが狙いです。中国系はマレーシアに限らず、どこの国でも経済力が大きい)
この政策には、蚊帳の外に置かれたインド系が反発しており、デモが起きたりしています。

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